FC2ブログ
 

日々是ぱざぱ

文化によってボキャブラリーは変わってくる&「星の王子さま」エトセトラ♪

お久しぶりのブログ更新です。

いつも何か、フランス語に関することを書きたいと思っているのですが、
ふと浮かんではすぐ忘れてしまいます。
レッスン中は、とめどもなく面白い話が出てくるんですが、ブログ画面に向かうと、はて?となっちゃうんです(笑)変ですね。

さて、しかし、今回は、少し踏ん張って、以前から思っている言語と民族性(?)について書きたいと思います。

結論から言うと、
文化や生活、メンタリティーが必要としていない言葉は、
その言語の中に存在しない
ということです。

これ、どういうことかというと、例えば、

フランス語に、「仲がいい」という形容詞は存在しないのです。
あと、「楽しみにしている」という動詞もありません。

似たようなことを言うことはできますが、仲がいいっていう軽い感覚は必要ないんですね。なぜかなって考えてみると、基本的に、日本人に比べ、フランス人(というか、日本人以外の人々)は人とコミュニケーションをとることをあまり厭いませんから、仲がいいっていうのは、かなり普通のことで…。
いや、なんていうのかな、すごい親しいっていうのはもちろんあるんだけど、ただ、なんとなく普通に喋ったり、友達の友達とみんなで遊んだり、しょっちゅうあるので、あえて仲がいいっていう感覚はないんですよね。当たり前っていうか。
 
んー説明が難しいかな。

一番近い表現で、s'entendre bien っていう動詞表現がありますが、それは直訳すると、「うまく聞きあえる、相手の言葉が入ってくる」、つまり、「分かり合える」=「仲がいい」っていう感じなんです。軽く親しいみたいな馴れ合う「状態」を表す感じじゃなくて、あくまでコミュニケーションをうまくいかせている「行動」な感じです。

「楽しみである」っていうのも、「喜びをもって待つ」、もしくは、「待ちきれない」みたいな表現はできますが、なんかそこまで言うと大げさだし、直訳っぽいし、実際にそんなことを向こうの人が言うか、というと、日本人のようには頻繁には言わないですね。言ったら、「こいつナイーブ(ばか)だな」って思われるかも。

あと、「安全である」という形容詞もありません。安全という名詞はありますが、形容詞ではないのです。「安全である」ということも非常に日本的だと思います。

日本人のコミュニケーションは、こんな風にどこか、ほんわかしてて人との安心安全を確保しようという意識が感じられます。

向こうの人の場合、協調性は何かをするときにはあるけれど、普段の生活の中で無意識に発揮されることはないし、黙って相手に合わせたり、自分の意見、意思を表明しないことは、人であるという意識がないとみなされます。酷いと思われるかもしれませんが、マジで結構そうです。実際にバカにされるというか、面白みのない人と取られます。

でも、別の個性の表し方をすれば結構一目置かれます(アーチストとか?)。どっちにしても、そういうわかりやすい個性のない人は、言葉で主張して、初めて普通の人のコミュニケーションステージに登れます。

日本では、普通を表現したかったら、逆に静かにしていたほうがいいですものね。

その違いがボキャブラリーにも現れます。その民族というか文化、メンタリティー、生活に必要ないものはないのです。

向こうにあってこっちにないもの、もあるかもしれませんね。「アイデンティティー」みたいな言葉も日本人には必要ないのか、変な訳語が付いていますよね。自己同一?もともと日本の文化の中にそんな意識はないので、今もピンとこない人が多いと思います。私も、ピンとはこない。

面白いですねo(^_^)o

そんなわけで、みんなの
札幌小さなフランス語教室

日曜日 午前10h40 上級2 Noir / 午後1h 中級 Vert / 午後2h50  初級2 Orange
月曜日 午後1h30 入門 Rouge  /  午後3h30 初級Rouge
火曜日 午後1h30  初級2 Orange
水曜日 午後6h45 中級 Vert 
木曜日 午後6h30 初級 Rouge

というクラス編成、1〜3名の少人数クラスで和気あいあいと開講していますよ〜♪

個人レッスンも、空いている時間にお受けしています。
個人レッスン 80分 7000円 
(月に一回とかで、無駄なく継続したい方はキャンセルもききますし、自分のペースで、自分の目的に沿ってできますので、結果的にお得感を感じていただけます。これで、2年間くらいワーホリのために通った方がいらっしゃって今はフランスで謳歌していたり、忙しくてグループレッスンに合わせられない方がご利用されています。個人レッスン月1〜2回、意外と効果あり、意外とお得!意外とおすすめです)

パザパは、教材費も一切かからず、宿題でおうちで復習もできるし、正しい発音指導にフランス人からも定評があり、耳からのレッスン、自分から口に出して言ってみるという練習も多いので、お得&楽しいですよ♪

グループの方々も、先生があっさりしているせいか、仲良く(笑)和やかに集っています。

ぜひ、体験しに来てください。

また、「『星の王子様』を読む」というクラスも作りたいので、とりあえず興味のある方はご連絡ください。レベルは問いません。通常レッスンより、安く行いたいと思います。
時間を決めて月3回:7000円(一回1時間) 
文法の説明などもメンバーに合わせて適宜行います。
上級の方にもかゆいところに手の届く説明、初級の方には、簡単な文章構成がわかり、普段の挨拶の発音などもわかるようになります。

簡単な勉強会のノリで来てください。

ではでは、お待ちしておりま〜〜す♪




スポンサーサイト



PageTop

代名動詞というもの

パザパの課程のオレンジ組の最初の方に「代名動詞」というものが出てきます。

普通の進み方で行くともっと早く出てくる項目だと思うのですが、パザパはゆっくり確実になので、約1年くらい経ってから出てきます。

代名動詞とは、たとえば、leverという動詞、意味は、「起こす」、で、何か寝ているものを起こす(立てる)時に使います。例)わたしは、旗を立てる(上げる)Je lève un drapeau.
なのですが、「わたしは起きる」という文章の時にも使われて、その時に、動詞の前に、本人を表す代名詞meがセットされます。すると、「Je me lève. わたしは起きる」になります。
これを、Je lève.にしたところで、なんの問題もないです。後ろに、旗がくれば、他動詞、こなければ自動詞でいいのです。
英語はそれで成り立っているのだから大丈夫なんです。

じゃあ、なんで、フランス語ではこれ、あるのかっていうと、文法学的なことは知らないのだけれど、わたしがじーっと分析してみると、幾つか、思いつくようなこともある。


ひとつめは、どこか、自分が意識を持ってそれを自分にやらせているんだよ、っていう心を表現したい。Je me lèveを直訳すると、「私は私を起こす」になります。そこに自分の意思が表現されているわけです。わざわざやっているんだよ、ということですね。

ふたつめは、互いに〜するとか、熟語(本来)的用法では、役に立っているので、その辺で存在を要求されているから、再帰的用法でいらなくても、やっぱキープしたい。

みっつめは、フランス語独特の表現であるからこそ、他の言語との差別化上捨てられない。

実際、自動詞、代名動詞、両方の意味を持つものもあります。coucherなんかもそうです。
Je couche par terreもJe me couche par terreもある。
違いはって言うと、前者には意思は感じられない。ただ、寝転んでみた的な。
後者は、ちゃんと休もうと思って(もしくは何かの意図があって)、寝る的な。

なんか、フランス人の行為へのこだわりをそこに感じます。

フランス語の表現にはものや対象を主語にして自分の責任を回避するような表現がたくさんあって、とてもフランス人ちっくなのですが(それに対して、日本語の表現は動作主を曖昧にするのが得意)、この代名動詞に関しては珍しく、きちんと自分の責任を引き受けている感じを持ちます。でもそれを「きちんと」言い張るところも普段それ以外は引き受けていない、という証明でもあるかも??(すみません、勝手な言い分)

この代名動詞、なかなか頭に入りにくいらしく、生徒さん泣かせの項目のようです。

それは、なぜ、それがあるのか、どのように役立っているのか、というのがわかりにくいからなんだと思います。

それをちょっと感じていただきたく、文章を書いてみました。

楽しく代名動詞も学びましょう♪

お申し込みはMAILかお電話011-612-0113で。


PageTop

『なつかしい』〜言葉は心の通訳者〜

私たちが良く使う《懐かしい》という言葉。
なんだかしっくりする仏訳がないと言う事に前々から気がついていました。
いや、たとえば、フランスで過ごした日々が懐かしい的な《懐かしい》はオッケーなのです。
例えば、J'ai la nostalgie des années en France.(フランスでの数年間が懐かしい) と言う様に、ノスタルジー[nostalgie]という言葉を使って言えるのだけれど、
あ、それ懐かしい!的な、何か物を見て言う時や同じ経験をしてそのこと自体が懐かしいという時、ぴったり来るフランス語がないと思うんです。
もちろん、ブリキのおもちゃを見て言う懐かしいは、その時代の空気を思い出す感じで、nostalgieも使えるだろうけれど、例えば、相手が自分が昔した事と同じことをしていて、自分がした“その事”を懐かしいという時、それはnostalgieではない。それは時代の空気もないし、長く過ごした時間でもない。ただその事だけを思い出して、、、そうだ、これは思い出しているだけの事なのだ、と気付く。わたしたちが何気なく懐かしいという形容詞を付けるのは、そんな事もあったな、若い時に。と、強く思い出しているだけで、それ以上でも以下でもない、たいした意味はないんです。でも良く使うんです。

だから、 Je me souviens bien ces affaires-là... その一連の事を思い出すわ〜=懐かしい
という表現に近くなるということなのです。

言葉というのは、自分の考えや心の翻訳で、その翻訳を日本語でやるのかフランス語でやるのかということで、ない表現はないので近い表現を使うしかないのですね。もしくはもうちょっと補足の情報を付け加えるとか。この場合で言いますと、 J'étais jeune. 若かったなあ〜とか。

もちろん、一番なれている母国語で翻訳するのがタイムラグや表現を選ぶのに支障が少ないわけで、でも、だからと言っていつもピッタリの表現が見つかるとも限りませんよね。

元々の心の動きや考え、感覚には、言語は付いていないのです。私たちが無意識に話している、という事は常に自分の通訳をしている、という事と同じなのですね。それが、フランス語でできれば、それはフランス語で考えているという事なのです。でも、その言語に至る前の自分の心の整理に母国語がワンクッションあって、そこからフランス語というのも普通はアリですし、そういう段階を経るのが大人になってから勉強する時には普通ですね。

何か刺さった時に、
“痛い!”
というのか
“Aïe!”(アイッ!)
と叫ぶのか、それだけの事です。

その痛みに言語は元々備わっていません。
周りの人にそれを伝えるのに、手っ取り早い方を使うまでなんですね。

みんな自分の通訳者ですね!

フランス語で心の通訳やってみませんか?

フランス語教室パザパのお問い合わせは、011-612-0113もしくはこちらまで。

PageTop